放課後の理科実験室で正体不明の人物を追った芳山和子。あやしい人影は姿を消し、そこにはラベンダーの香りのする薬びんが残されていた。そのまま和子は気を失い介抱される。そして、彼女はある能力を手にすることとなる・・・。表題作他「悪夢の真相」「果てしなき多元宇宙」を収録。
言わずと知れたSFジュブナイルの傑作。
何度も映画化されているので、筒井作品の中でも有名な作品です。
鶴書房のSFジュブナイルシリーズですが、福島正実さんの解説がついていたり、SF第一世代ファンとしては、楽しく読むことができました。
タイムトラベルものの小説で、命の危険を感じると安全な時間へ遡行してしまうというのが、和子の能力として描かれています。同時に二人の自分は存在しないというルールが説明してあり、時間旅行ものにもいろんな時間の観念があるなと思いました。
また、深町君ことケン・ソゴルが時間を止めるシーンがあり、空中で犬が止まっているシーンなどH・G・ウェルズの「スピードの出る薬」の影響が見えるのかなと思いました。
未来社会の描写は、専門教育のための晩婚化のために人口が激減するという、まさに少子化の現代の予言があって面白いです。また、未来人のケン・ソゴル君(11才・薬学部所属)は、和子の記憶の抹消を行うのですが、そのドライな喋り方や考え方は、『竹取物語』に出てくる天人を想起させ、異界の異質な人物として未来人独特のキャラクターが巧みに作られていると思いました。
最後の章は、ラベンダーの香りにいつか再開する予感が絡み合っており、非常にロマンチックです。この辺りが、大林宣彦監督の映画ではもっと色濃く反映されていたと思いますが、若い頃読んだときよりも、いつか運命の人と出会うという感覚に甘いものを感じて年を重ねてまた別の味に変わったと思いました。何度も繰り返して読むことの効用はこういうところにありますよね。
ちなみに、後年、作者自身がこの作品のセルフパロディを書いていましたが、「とんでもないことするなあ」と呆れてしまった記憶があります。自作を語るインタビューの本では、「金を稼ぐ少女」とテレビで発言して笑いをとったというお話をしてありました。また、この作品では登場人物の名字がSF関係者であり、(深町、朝倉、福島先生、小松先生・・・)思わずニヤリとしてしまう人もいるでしょう。
また、同時収録の「悪夢の真相」は心理ミステリであり、いくつかの謎解きがあって面白いです。「果てしなき多元宇宙」は以前読んだときはもっとどぎつい印象でしたが、こんなあっさりした話だったかなあと首をひねってしまいました。これも、年齢を重ねたことによる印象の違いで、自分的には面白かったです。
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